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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)1246号 判決

控訴人 国分寺市

右代表者市長 塩谷信雄

右訴訟代理人弁護士 蓬田武

田中義之助

北沢和範

渡辺真一

被控訴人 小柳孫四郎

右訴訟代理人弁護士 平原昭亮

石川良雄

外川久徳

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は、控訴人に対して、東京都国分寺市南町一丁目三〇六番四山林九〇平方メートル(現況公衆用道路)について、昭和二九年一二月二三日時効取得を原因として、右山林を承役地とし、同町一丁目三〇四番二公衆用道路四一平方メートル(市道二三六号線)及び同町二丁目二八七番二九公衆用道路三一五平方メートル(市道五号線の一部)を要役地とする通行地役権の設定登記手続をせよ。

被控訴人は、控訴人に対して、控訴人が右山林(現況公衆用道路)を公衆の通行の用に供することを妨害してはならない。

控訴人のその余の請求(当審における新請求を含む。)を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じて二分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し国分寺市南町一丁目三〇六番四山林九〇平方メートルについて、(主位的請求)真正な登記名義回復を原因とする、(第二次請求)昭和三九年一二月二三日時効取得を原因とする、(第三次請求)昭和三九年三月三日時効取得を原因とする所有権移転登記手続を、右山林を承役地とし、同町一丁目三〇四番二公衆用道路四一平方メートル及び同町二丁目二八七番二九公衆用道路三一五平方メートルを要役地として、(第四次請求)昭和二九年一二月二三日地役権設定契約を原因とする、(第五次請求)昭和三九年一二月二三日時効取得を原因とする、(第六次請求)昭和三九年三月三日時効取得を原因とする通行地役権設定登記手続をせよ。被控訴人は控訴人に対し、控訴人が右山林を一般公衆の通行の用に供することを妨害してはならない。被控訴人は控訴人に対し右山林上に設置した原判決添付別紙図面表示の木杭及び有刺鉄条網を撤去し妨害穴を埋めて原状に回復せよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め(当審において登記手続についての主位的請求、第三次請求及び第六次請求をそれぞれ順位的に追加し、所有権、通行地役権、道路法上の道路管理権に基づく各妨害排除及び原状回復請求を選択的に追加した。)、被控訴代理人は、控訴(当審における新請求をも含めて)棄却の判決を求めた。

(控訴代理人の陳述)

一  真正な登記名義の回復について

国分寺市南町一丁目三〇六番四山林(現況公衆用道路)九〇平方メートル(以下「本件土地」という。)はもと東京府北多摩郡国分寺村大字国分寺字殿ヶ谷戸三〇六番山林一反九畝二歩(登記地積)の一部であったところ、控訴人は昭和七年頃その所有者訴外本多幸三から道路用地として無償で譲り受け(寄付を受け)て本件土地の所有権を取得した。しかし、本件土地につき右寄付による控訴人の所有権取得の登記が経由されないうち、本件土地を含む殿ヶ谷戸三〇六番山林一反九畝二歩について、昭和一九年三月三日に訴外本多幸三から訴外川瀬留吉へ、同二九年四月一六日に同訴外人から訴外郊外土地建物株式会社へ、同二九年一二月二三日に同訴外会社から被控訴人へ順次売買による所有権移転登記が経由されたが、訴外本多が訴外川瀬に譲渡する際、すでに本件土地は控訴人に寄付していたことから、本件土地の部分を除外して殿ヶ谷戸三〇六番山林を譲渡したので、訴外川瀬は本件土地の所有権を取得していないし、訴外会社及び被控訴人もまたそれぞれ無権利者から譲渡を受けたことにより本件土地の所有権を取得していない。したがって、本件土地について右のとおり経由された訴外川瀬以後被控訴人に至るまでの各所有権移転登記は無効である。そこで、本件土地につき控訴人は所有権に基づき現在の登記名義人である被控訴人に対して真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を求める。

二  所有権の時効取得について

1  控訴人は、前示寄付により訴外本多から本件土地の引渡を受けて占有を開始し、その後控訴人管理のもとに、本件土地と市道二三六号線との間にある水路を暗渠とし、傾斜地であった本件土地上に最深部四・六二メートルの盛土工事をして、市道五号線と市道二三六号線を結ぶ道路を開設し、昭和九年ころから国分寺村民ら一般公衆の交通の用に供し、その後も隣接する市道二三六号線、五号線、一〇号線と同様に砂利を敷くなどして道路として維持管理して占有を継続しているところ、被控訴人が本件土地につき所有権移転登記を受けた昭和二九年一二月二三日以来所有の意思をもって平穏公然と本件土地の占有を継続し、占有の始め善意無過失であったから、一〇年を経た昭和三九年一二月二三日時効により本件土地の所有権を取得した。

2  控訴人は、訴外川瀬留吉が本件土地につき所有権移転登記を受けた昭和一九年三月三日以来所有の意思をもって平穏公然と本件土地の占有を継続したので、二〇年間を経た昭和三九年三月三日時効により本件土地の所有権を取得した。

三  地役権の設定契約の成立について

控訴人は、昭和七年ころ本件土地の所有者訴外本多幸三から本件土地について、本件土地を承役地とし、国分寺市南町一丁目三〇四番二公衆用道路四一平方メートル(市道二三六号線の道路敷地)及び同町二丁目二八七番二九公衆用道路三一五平方メートル(市道五号線の一部の道路敷地 以下において右公衆用道路二筆を「本件隣接地」という。)を要役地とする通行地役権の設定を受けてその引渡を受け、地役権者として昭和九年初ころ道路を開設し、以来一般公衆の通行の用に供し、随時砂利を敷き補修をなす等維持管理使用を継続している。被控訴人は本件土地が控訴人の管理のもとに道路として一般公衆の通行の用に供されていることを知りながら本件土地を取得したことにより、本件土地につき従前より存在する控訴人の通行地役権容認の申込に対し承諾の意思表示をなしたことになる。したがって、被控訴人が前記三〇六番山林一反九畝二歩につき所有権移転登記を受けた昭和二九年一二月二三日控訴人被控訴人間に本件隣接地を要役地とし、本件土地を承役地とする黙示の通行地役権設定契約が成立した。

四  地役権の時効取得について、

1  控訴人は、前記のように昭和七年ころ本件土地を本件隣接地の承役地として道路を開設し、一般公衆の通行の用に供してきたが、被控訴人が登記簿上の所有者となった昭和二九年一二月二三日以降自己のためにする意思をもって平穏公然と本件土地上の道路の維持管理使用を継続して通行地役権を行使し、昭和二九年一二月二三日の時点で自己に通行地役権があると信ずるにつき善意無過失であったから同日から一〇年を経た昭和三九年一二月二三日に本件隣接地を要役地とし、本件土地を承役地とする通行地役権を時効により取得した。

2  控訴人は、訴外川瀬留吉が本件土地につき登記簿上の所有者となった昭和一九年三月三日以降自己のためにする意思をもって平穏公然に本件土地上の道路の維持管理使用を継続して通行地役権を行使したので、同日から二〇年を経た昭和三九年三月三日に本件隣接地を要役地とし、本件土地を承役地とする通行地役権を時効により取得した。

五  妨害排除等について

控訴人は、本件土地を道路に造成し、当時の村長中村當十郎が村会に諮問して路線を認定し、その告示をし、旧道路法所定の村道として昭和九年頃供用を開始した。したがって、本件土地は控訴人所有の公有財産であり、行政財産であるから、右村道の道路敷地たる本件土地については公物たる道路構成部分として道路法四条(旧道路法六条)の制限が加えられ、その後に被控訴人が本件土地の所有権を取得したとしても、右制限が加わった状態での土地所有権を取得したにすぎないから、被控訴人が道路管理者たる控訴人に対して使用権限取得の対抗要件の欠缺を主張しうる場合であっても、私権の行使として道路の通行を妨害するような行為は許されない。ところが、被控訴人は昭和四〇年六月二三日に原判決添付別紙図面表示の部分に木杭を打込み、木杭に有刺鉄条網を張り廻らし、妨害穴を掘って、いらい一般公衆の通行を妨害することによって控訴人の本件土地についての所有権、通行地役権、占有権、道路法上の道路管理権を侵害している。

以上の請求原因事実にもとづいて、控訴人は被控訴人に対して本件土地につき前記のとおり順位的に所有権移転登記手続ないし通行地役権設定登記手続を求め、かつ、選択的に本件土地についての所有権、通行地役権、占有権、道路法上の道路管理権に基づき妨害排除及び原状回復を求める。

六  被控訴人の主張事実について

1  昭和七年当時施行されていた町村制(明治四四年法律第六九号)四〇条六号において不動産の取得に関することが議決事項とされているが、同条に列記されている他の重要事項と対比し、また同条八号において新たに義務の負担をなし、および権利の放棄をなすことを議決事項としていることからして、同条六号の土地の取得は有償取得のみをさすものと解する余地がある。現在の地方自治法では、地方公共団体が寄付を受けることは長の権限に属し(同法一四九条)、負担付の寄付の場合のみ議会の議決を要する(同法九六条一項八号)としているが、昭和七年当時も負担のない寄付を受けるには長の意思表示だけでよかったのではあるまいか。

2  被控訴人主張のとおり、控訴人の固定資産課税台帳上本件土地が被控訴人の所有として記載され、控訴人が被控訴人に対して昭和三〇年一月一日から昭和四一年第一期分まで本件土地についての固定資産税及び都市計画税を課したことは認めるが、昭和四一年第二期分以降本件土地につき非課税としたのは、その頃本件土地が現況道路であることが判明し、かつ、控訴人に所有権があるのに誤って課税していたことが判明したから、控訴人の市長職権をもって課税処分を取り消し非課税としたのである。

なお、本件土地については、控訴人所有の道路としての道路台帳上の登載及び路線番号がないこと、控訴人所有の土地としての台帳上の登載がないことは、いずれも認めるが、それにもかかわらず、本件土地は控訴人所有の公用財産であり、行政財産に属する。

3  控訴人は昭和七年頃本件土地につき所有者である訴外本多幸三から寄付を受けて道路を新設していらい、所有の意思をもって平穏かつ公然と占有を継続しているものであるが、本件土地について、同訴外人から訴外川瀬留吉に、ついで同訴外人から被控訴人に対する所有権移転登記がそれぞれ昭和一九年三月三日、同二九年一二月二三日に経由された場合において、控訴人が右の占有継続の事実状態にもとづいて訴外川瀬留吉又は被控訴人への右移転登記の日のいずれかの日を時効期間の起算点として時効を援用することはできるのであるから(最判昭三六・七・二〇民集一五巻七号一九〇三頁、同昭四一・一一・二二民集二〇巻九号一九〇一頁参照)、被控訴人のこの点に関する主張は失当である。

4  被控訴人は、控訴人が被控訴人の申告にかかる土地地積誤謬訂正申告書及び土地合筆申告書を受理したとして、右の受理行為による時効の中断を主張するけれども、控訴人が被控訴人主張の右各申告書を受理したことはない。右申告書はいずれも被控訴人からその受理庁である東京法務局府中出張所あてに提出されるものであって、控訴人は右地積訂正申告書の経由庁たるにとどまる。そして、被控訴人主張の境界承認書が右地積訂正申告書に添付されているが、右境界承認書による控訴人の承認事項は、本件土地に接続する本件隣接地ないし水路につき本件隣接地の所有者ないし水路の管理者として、その境界を確認するにとどまるものであって、本件土地が被控訴人の所有に属することを認め、または本件土地につき公共の用に供する道路としての通行権の有無を確認するものでない。被控訴人主張の時効中断事由は理由がない。(被控訴代理人の陳述)

一  控訴人主張の請求原因事実中、本件土地が昭和七年当時東京府北多摩郡国分寺村大字国分寺字殿ヶ谷戸三〇六番山林一反九畝二歩(登記地積)の一部であったこと、当時の所有者が訴外本多幸三であること、右三〇六番山林一反九畝二歩につき控訴人主張のとおり所有権移転登記が経由されたこと、国分寺市南町一丁目三〇四番二公衆用道路四一平方メートル(市道二三六号線の道路敷地)及び同町二丁目二八七番二九公衆用道路三一五平方メートル(市道五号線の一部の道路敷地)が控訴人の所有に属し、本件土地に隣接する土地であること、被控訴人が昭和四〇年六月ころ控訴人主張のとおり木杭を打ち有刺鉄条網を張り、妨害穴を掘ったこと、本件土地を一般公衆が通行していること(ただし、無断使用にすぎない。)はいずれも認めるが、その余は否認する。

控訴人は本件土地につき寄付による所有権取得を主張するが、当時施行されていた町村制の規定に従い、控訴人において本件土地の所有権を取得するには村議会の議決による承認を要するところ、そのような寄付採納の手続がおこなわれなかったのであるから、仮に本件土地につき控訴人主張の寄付があったとしても、右寄付により所有権取得の効力を生ずるものでもないし、事実控訴人は、その所有権者として本件土地を管理したことがなく、かえって昭和七年以降においても本件土地につき訴外本多幸三から被控訴人にいたるまでの前記各所有権取得者を納税義務者たる所有権者としてそれぞれ地租ないし固定資産税の賦課徴収をしてきた。

また控訴人は昭和七年ころ訴外本多幸三から寄付を受けていらいその所有権者として本件土地を管理してきたと主張するが、仮に控訴人主張のように石炭殻や砂利を敷いたりなどしていたとしても、控訴人の右行為は、本件土地が現在の市道二三六号線と市道五号線とに通じる道路状をなし、一般公衆が通行に利用していたことから、多くの地方自治体においてするように、住民の要望に応じて純然たる私道に住民サービスとして砂利などを敷くたぐいのことに過ぎないものであるから、これをもって控訴人が本件土地の所有権者たる管理支配をしたとはいえない。

二  本件土地は、前示のとおり、もと殿ヶ谷戸三〇六番山林一反九畝二歩の一部であったところ、昭和三〇年一二月一日に地積訂正により同番山林二反五畝六歩と更正されたうえ、殿ヶ谷戸三〇六番一山林九畝五歩、同番二山林一畝一三歩、同番三山林二七歩、同番四山林一反三畝二一歩の四筆に分筆され(同番三山林二七歩が本件土地にあたる。)、ついで同三七年一〇月一日に同番四が同番三に合筆されて同番三山林一反四畝一八歩となったが、本件土地について控訴人及び被控訴人間に紛争が生じ、債権者控訴人及び債務者被控訴人間の東京地方裁判所昭和四一年(ヨ)第五一五二号処分禁止の仮処分申請事件について同裁判所が昭和四一年六月二三日にした仮処分決定の執行にもとづき同年六月二四日に右殿ヶ谷戸三〇六番三山林一反四畝一八歩からその一部である本件土地部分が同番四山林九〇平方メートルとして分筆されるにいたった。

三  本件土地部分を含む旧殿ヶ谷戸三〇六番山林一反九畝二歩が一筆の土地として、もとの所有者訴外本多幸三から、訴外川瀬留吉、訴外郊外土地建物株式会社、被控訴人へ順次それぞれ昭和一九年三月三日、同二九年四月一六日、同年一二月二三日に譲渡され、そのつど所有権移転登記を経由していることは、控訴人の自認するとおりであるから、仮に控訴人主張の寄付によって昭和七年頃控訴人において本件土地部分につき所有権を取得したとしても、その登記を経由していない以上、控訴人は右の所有権取得をもって被控訴人に対抗しえないし、したがって本件土地につき登記の真正名義の回復を原因とする所有権移転登記を求めることはできない。

四  本件土地について、控訴人は所有権の時効取得を主張するけれども、遅くとも昭和二九年一二月二三日以降は被控訴人が前示所有権取得にもとづいて所有の意思をもって占有しているところであり、控訴人もまた右のような所有権帰属を認め、その固定資産課税台帳に被控訴人を所有権者として登録したうえ、昭和三〇年一月一日からの固定資産税及び都市計画税を被控訴人から徴収し、右徴税は昭和四一年度第一期分までに及んでいるほか、昭和二九年四月一六日以降は訴外会社を、同年一二月二三日以降は被控訴人を本件土地の所有者として本件土地と交差する水路敷地との交換をはかる交渉が継続された。

仮に控訴人主張の所有権の取得時効の期間の起算点において、本件土地につき控訴人が所有の意思をもって占有を始めたとしても、次の中断事由により時効は完成するにいたらなかった。

1  本件土地がその一部分となっている殿ヶ谷戸三〇六番山林一反九畝二歩について、実測の結果地積が二反五畝六歩であることが判明したので、被控訴人が土地地積誤謬訂正申告書を提出したが、その際本件土地を含む殿ヶ谷戸三〇六番山林一筆が被控訴人の所有であることを認める旨の控訴人町長の境界承認書が右申告書に添付されたうえ、控訴人が右申告書及び同添付書面等を一件書類として昭和三〇年一一月二八日に受理したのであるから、控訴人は右受理行為により本件土地につき被控訴人が所有権を有することを承認した。

2  被控訴人は昭和三七年一〇月一日に殿ヶ谷戸三〇六番の三山林二七歩(本件土地にほぼあたる。)に同番の四山林一反三畝二一歩を合筆して、同番の三山林一反四畝一八歩とする旨の申告書を提出したが、控訴人は同日右合筆を承諾してその合筆申告書を受理したことにより、本件土地についての被控訴人の所有権を承認した。

五  控訴人は通行地役権の時効取得を主張するが、仮に控訴人主張の右時効期間が進行していたとしても、控訴人が昭和三〇年一一月二八日に前記四、1の土地地積誤謬訂正申告書を受理して、本件土地が公共の用に供する道路としての通行権のないものであることを承認したから、控訴人主張の通行地役権の取得時効は右承認により中断した。

六  控訴人は、本件土地につき昭和七年頃訴外本多幸三から贈与を受けて所有権を取得したと主張するのであるから、昭和七年頃から所有の意思をもって本件土地を占有するものというべきであり、したがって、その主張の時効の起算時は昭和七年頃でなければならない。けだし時効期間は時効の基礎たる事実の開始された時を起算点として計算すべきもので時効援用者において起算点を選択し、時効完成の時期を早めたり遅らせたりすることはできないからである(最判昭三五・七・二七民集一四巻一〇号一八七一頁参照)。したがって、遅くとも昭和二七年末までに時効が完成したことになるから、右時効完成の後である昭和二九年一二月に本件土地につき所有権を取得してその登記を経由した被控訴人に対して控訴人はその時効取得にかかる所有権を主張しうべくもない。

七  控訴人は、本件土地について、控訴人が道路造成をおこない、当時控訴人の村長中村當十郎がその路線の認定及び告示をして、旧道路法所定の村道として供用開始をしたと主張するが、右主張事実は否認する。控訴人の道路台帳には本件土地の道路としての登載がなく、本件土地について道路としての路線番号も存しないから、本件土地は道路法上の道路ではありえない。控訴人主張の道路管理権は根拠のないものである。

また、控訴人は、本件土地は控訴人所有の公有財産であり、行政財産に属するとも主張するが、本件土地は、控訴人の道路として道路台帳に記載がないのみならず、控訴人所有の公有財産として、いかなる財産台帳にも登載されていないのである。

(証拠)《省略》

理由

本件土地がもと東京府北多摩郡国分寺村大字国分寺字殿ヶ谷戸三〇六番山林一反九畝二歩(登記地積)の一部であったところ、右三〇六番山林の登記地積が昭和三〇年一二月一日に地積の誤謬訂正により二反五畝六歩となり、さらに同番の一山林九畝五歩、同番の二山林一畝一三歩、同番の三山林二七歩及び同番の四山林一反三畝二一歩の四筆に分筆され、本件土地は右同番の三山林二七歩に当るものであること、ついで昭和三七年一〇月一日に同番の三に同番の四を合筆して同番の三山林一反四畝一八歩となったが、本件訴訟の原由たる紛争が生じたことから、東京地方裁判所昭和四一年(ヨ)第五一五二号仮処分決定の執行にあたって、右同番の三山林一反四畝一八歩から同番の四山林九〇平方メートルを分筆したこと、そして右分筆にかかる同番の四すなわち国分寺市南町一丁目三〇六番四山林九〇平方メートル(現況道路であるが、道路法上の道路ではない。)が本件土地であることはいずれも当事者間に争いがない。

控訴人は寄付により本件土地の所有権を取得したと主張し、《証拠省略》によると、昭和七年頃控訴人村がもと殿ヶ谷戸三〇六番山林二反五畝六歩のうち本件土地に当る部分を道路用地に供して村道を新設するために、当時の村長中村當十郎が村会議員某を通じてその土地所有者である訴外本多幸三に対して右の村道新設につき協力を求め、本件土地を控訴人に寄付するように申し出たところ、訴外本多幸三が右申出に応じて本件土地を控訴人村に寄付することを承諾したことを認めることができる。ところで、控訴人村が本件土地についての所有権を取得するには、地方自治法(昭和二二年法律第六七号)附則第二条による廃止前の町村制(明治四四年法律第六九号)四〇条六号の規定に従い、七六条の二の規定にもとづく特段の事由がないかぎり、村会の議決を得ることを要する(不動産の無償取得はその議決事項でない旨の控訴人主張は法令上の根拠を欠きにわかに賛同しがたい。)。本件土地の右寄付による所有権取得について、原審証人中村當十郎は村会の議決を得た旨の証言をするが、しかし、その所有権取得につき登記の経由及び控訴人の財産台帳の登載を欠くことは控訴人の自認するところであり、しかも後記認定のとおり、控訴人自ら終始本件土地は控訴人の所有に属しない私有地であり、地租ないし固定資産税の課税対象土地であるとして税法上の取扱をしているものであることなどに徴し、本件土地の前示寄付による所有権取得については、控訴人の行政上の適正手続を欠くものというのほかはないから、右証言はたやすく措信しがたい。ほかに証拠もないから、控訴人主張の本件土地の寄付による所有権取得は理由がない。したがって、本件土地につき真正な登記名義の回復を原因として所有権移転登記を求める控訴人の請求(主位的)は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がないというべきである。

控訴人主張の所有権の時効取得について考察するのに、控訴人の本件土地についての占有が他主占有であることはあとで判示するとおりであるが、控訴人主張の取得時効の期間の起算点において右の他主占有が自主占有すなわち所有の意思をもってする占有に変じたことを肯認するに足りる証拠はない。かえって、前判示の認定事実に、《証拠省略》を総合すると、訴外本多幸三が昭和七年頃村道の敷地に供するために寄付することを承諾して本件土地を控訴人に提供したにもかかわらず、依然同訴外人の私有地として地租が賦課され、その後本件土地は、その所有権が同訴外人から訴外川瀬留吉、訴外郊外土地建物株式会社、被控訴人へ順次移転されたが、地租ないし固定資産税(都市計画税を含む。)の課税対象土地として取り扱われることに変りはなかったし、しかも、戦後の租税体系の改革にともない、国税である地租から地方税(市町村税)である固定資産税に移譲されていらい、控訴人自ら訴外川瀬留吉、ついで被控訴人を本件土地の所有者たる納税義務者としてその固定資産税を賦課徴収することが昭和四一年度第一期分までに及んだことを認めることができる。もっとも、《証拠省略》によると、本件土地が地方税法三四八条二項五号に定める公共の用に供する道路として固定資産税及び都市計画税の非課税対象たる固定資産であるにもかかわらず、錯誤により本件土地につき固定資産税等を賦課したとする理由のもとに、控訴人が被控訴人に対して昭和四一年七月四日付をもって昭和三六年度分から昭和四一年度分までの固定資産税及び都市計画税の課税標準及び税額を減少させる更正処分をしたことが認められるが、右更正は、控訴人主張のように本件土地が控訴人の所有に属し、被控訴人の所有地でないことを理由とする処分ではありえない。むしろ、右更正処分にみるとおり、その更正理由が地方税法三四八条二項五号の事由である以上、本件土地が被控訴人の所有に属するものであることを当然に前提したうえで、公共の用に供する道路であることにより固定資産税等の非課税の範囲に属するものとしたことが明らかである。控訴人の本件土地についての自主占有の主張は理由がない。したがって、本件土地について所有権の時効取得を原因として所有権移転登記を求める控訴人の各請求(第二次及び第三次)は、その余の点につき判断するまでもなく、いずれも理由がないというべきである。

控訴人は、控訴人と被控訴人との間において昭和二九年一二月二三日に控訴人の所有にかかる本件隣接地を要役地とし、被控訴人の所有にかかる本件土地を承役地とする通行地役権の設定契約が成立したと主張するが、控訴人の右主張事実は本件全証拠によってもこれを認めることができない。本件土地について控訴人主張の通行地役権設定契約を原因として地役権設定登記を求める控訴人の請求(第四次)は理由がない。

控訴人の援用にかかる地役権の時効取得について判断するのに、叙上の認定事実に《証拠省略》を総合すると、次のとおり認めることができる。

もと東京府北多摩郡国分寺村大字国分寺字殿ヶ谷戸三〇六番山林一反九畝二歩(実測二反五畝六歩 本件土地はその一部である。)は、水路及びこれとほぼ平行する村道五号線に挾まれて、幅は約一三メートルから二二メートルに亘り、長さは約一一五メートルに及ぶ湾曲した帯状の低湿地であった。当時水路の北側の道路で水路と同じ方向に走る村道一〇号線から分岐して南にくだる村道二三六号線が延長約二六メートル先で水路に接したところで終点となり、さらに右終点から水路を跨いで延長約一九メートル先で村道五号線の北側路端に達するが、本件土地は、右約一九メートルの区間に位置し、殿ヶ谷戸三〇六番山林二反五畝六歩を東西にほぼ二分する中央部にあって、幅員約四・五メートル、延長約一九メートル(ただし、村道五号線の右路端に接する部分は隅切状に開いて幅員約七・五メートル)の道路状の地形を占めていたので、これを道路に造成すれば、村道二三六号線の方角の延長線上において村道二三六号線と五号線とを連結する新設道路となり、村道五号線と右新設道路の交点から村道二四六号線を経て一〇号線と二三六号線との交点に至る約三八〇メートルの従前の迂回径路は、村道五号線から右新設道路及び村道二三六号線を経て村道一〇号線の右交点に至る約四七メートルの新たな短絡径路にとってかわられ、国鉄中央線国分寺駅東南部における道路網の一環を完成して交通に至大の利便をもたらすこと必定であったことから、控訴人村が本件土地を道路に築造して村道に供用することを農村振興土木事業の一環として計画し、これに対し、本件土地のほか付近山林数筆の所有者である訴外本多幸三が控訴人村の協力要請を快く容れて右計画にかかる新設道路の道路用地に本件土地を無償で提供した。そこで、控訴人による右新設道路の築造工事は、東京府の補助金交付とその監督のもとに、盛土(最高部で四・六二メートル)工事、暗渠(延長一七・八〇メートル)工事及び砂利敷工事等の施工により完成し、昭和九年頃から本件土地は新設道路として供用されるにいたった。(以下において本件土地を「本件道路」ともいう。)ところで、控訴人は、さきに本件土地についての寄付採納を行政手続上処理することを怠ったことから、引き続き私有地として取扱うはめになったし、本件道路についても、路線の認定、道路区域の決定等道路法上の手続を怠ったことから、道路台帳の登載がなく(したがって、路線名を欠く。)、道路法外の道路としてこれを管理している。しかし、右の道路新設以来(ただし、昭和四〇年六月頃から同四一年八月頃までに及ぶ被控訴人による後記妨害期間を除く。)、本件道路はその敷地である本件土地の所有者らによる制約が一切なく、ひろく公衆の通行の用に供され、控訴人はその管理に属する村道五号線、二三六号線等の道路(道路法上の道路)とともに本件道路の構造の保全、修繕、維持等の管理につきその時期を失することなく努め、本件土地の所有者らは、当初の訴外本多幸三はもとより、同訴外人に次いで訴外川瀬留吉、同訴外人に次いで、訴外郊外土地建物株式会社、同訴外会社に次いで被控訴人にいたるまで、控訴人が本件道路を築造して公衆の通行の用に供していること、及び控訴人が本件道路の管理者として本件土地に立ち入り、道路の構造を保全し、修繕し、維持するなどの管理をすることを容認し、とくに被控訴人はその所有にかかる殿ヶ谷戸山林二反五畝六歩(本件土地はその一部である。)を分譲処分するために昭和三〇年一二月一日に右山林をさらに分筆するにあたって、本件道路の敷地に供されている範囲を特定し、道路状の地形そのままで同番の三山林二七歩一筆とし、これを除いた部分を同番の一山林九畝五歩、同番の二山林一畝一三歩、同番の四山林一反三畝二一歩の各筆とし、後者三筆を分譲地として売却することをはかったほどであり、控訴人の住民で本件道路を日常利用するものは総じて控訴人が本件道路を管理して公衆の通行の用に供しているものとみなしている。

かように認めることができ(る。)《証拠判断省略》右の認定事実によれば、控訴人は、被控訴人に対する関係においては、被控訴人が本件土地についての所有権を取得してその登記を経由した時点である昭和二九年一二月二三日から控訴人が本件道路を管理して公衆の通行の用に供することにより、本件隣接地すなわち国分寺市南町一丁目三〇四番二公衆用道路四一平方メートル(市道二三六号線の道路敷地)及び同町二丁目二八七番二九公衆用道路三一五平方メートル(市道五号線の一部の道路敷地)を要役地とし、本件土地すなわち同町一丁目三〇六番四山林九〇平方メートル(現況公衆用道路)を承役地とする通行地役権を自己のためにする意思をもって行使して本件土地を平穏かつ公然に占有し、右占有(他主占有である。)の開始につき善意かつ無過失であったというべきである。

被控訴人は、控訴人が昭和三〇年一一月二八日に本件土地部分を含む殿ヶ谷戸三〇六番山林一反九畝二歩についての土地地積誤謬訂正申告書(これには控訴人の作成にかかる境界承認書が添付されている。)を受理して、本件土地が公共の用に供する道路としての通行権のないものであることを承認したことにより、控訴人の援用にかかる通行地役権の取得時効は中断されたと主張するが、《証拠省略》をあわせると、控訴人は昭和三〇年一〇月二八日に被控訴人からその作成にかかる東京法務局府中出張所宛昭和三〇年一二月一日付土地地積誤謬訂正申告書の提出を受けたが、右は申告手続上の受理庁としてではなく、経由庁としての受付にとどまるものであること、右申告書には控訴人の作成にかかる境界証明書が添付されているが、その証明事項は右の地積訂正申告にかかる殿ヶ谷戸三〇六番山林一反九畝二歩(本件土地はその一部である。)に隣接する本件隣接地及び水路につきそれぞれ所有者及び管理者として控訴人が右申告書に添付された地形図及び実測図にもとづき境界を証明するにとどまるものであることを認めることができるから、控訴人が右申告書の受付及び右証明書の交付をしたからといって、これにより本件土地が公共の用に供する道路としての通行権のないものであることを控訴人が被控訴人に対して承認することとなるべき筋合のものではないというべきである。被控訴人の右主張は理由がない。

そこで、本件土地について控訴人が前判示の他主占有を継続して一〇年を経過したことはすでに認定したところにより明らかであるから、控訴人は右期間経過の起算点である昭和二九年一二月二三日に遡って前示通行地役権を時効取得したものというべきである。したがって、前示通行地役権の設定登記手続を求める控訴人の請求(第五次)は理由がある。

被控訴人が控訴人において本件道路を管理して公衆の通行の用に供することを妨害し、右妨害が昭和四〇年六月頃から同四一年八月頃に及んだことは前判示のとおりであり、右妨害の態様についてみるのに、被控訴人が本件道路に(原判決添付別紙図面表示のとおり)木杭を打ち込み、右木杭に有刺鉄条網を張り廻らし、妨害穴を掘ってその道路使用を妨げたことは当事者間に争いがないところ、右の認定事実に弁論の全趣旨をあわせると、被控訴人は、控訴人が本件道路を管理して公衆の通行の用に供することは控訴人による本件土地の無断使用であり、これに対し、被控訴人による右妨害行為は所有者たる当然の対抗措置であるとして、昭和四〇年六月いらい控訴人と抗争していることが認められるから、将来において被控訴人が更めて右のような妨害行為に出る虞無しとしない。したがって、控訴人は被控訴人に対して本件土地についての前判示時効取得にかかる通行地役権にもとづいて、本判決主文第三項のとおり、妨害予防請求をすることができるものというべきである。控訴人は被控訴人による右妨害行為につきその排除及び原状回復を求めているけれども、《証拠省略》をあわせると、本件土地について、昭和四一年八月に東京地方裁判所昭和四一年(ヨ)第四九八九号仮処分決定の執行により前示妨害杭木・有刺鉄線の撤去、穴埋め及び原状回復が断行されて以来、引き続き控訴人が管理して公衆の通行の用に供していることが認められる。そうすると、控訴人の妨害排除等の請求は、本判決主文第三項のとおり、妨害予防を求める限度において理由があり、妨害排除及び原状回復を求めるその余の部分は理由がないというべきである。

以上の理由説示によれば、控訴人の請求は、前判示の時効取得による通行地役権にもとづき地役権設定登記手続を求め、かつ、妨害予防を求める限度において正当として認容し、その余の請求(当審における新請求を含む。)をいずれも失当として棄却すべきである。

よって、右と趣旨を異にする原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中川幹郎 裁判官 菅英昇 裁判官高橋欣一は転補したので署名押印することができない。裁判長裁判官 中川幹郎)

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